第1話 伝送

雪が降っていた。
ちらちらとそれは、降り続けている。
まるで、人々の悲しみの涙のように――……。




戦争は終わった。
だが、多くの犠牲を生んだ。
そのうちのひとつが、孤児である。
何らかの理由で親を失った子供たちは孤児となり、
孤児院に預けられる羽目となった。
まだ悲しみや怒りから立ち直りきれない中で、
子供たちは残された余生をたったひとりで孤児院で生きなければならない。









スターダスト孤児院の朝。
ぼくは太陽の光で目を覚ました。
ちりちりと頬に当たる優しさの光は、
何処か母親のぬくもりさえ感じられて、
まるでママに起こされているみたいな気分になる。
だから、ぼくは太陽が大好きだった。
「みんな、朝よ。起きて」
あの声は、シヅル院長。



朝ご飯は、いつもと同じトウモロコシ、たったひとつだけ。
それも、シヅル院長が、この孤児院の庭で自家栽培しているものだけだった。
だけど、ぼくはシヅル院長が作ったトウモロコシが大好きだった。
正確には、トウモロコシくらいしか食べたことがない、といったほうが正しいだろう。
ぼくは、水簿らしいトウモロコシを、一粒一粒ゆっくりと味わって食べた。
そして、そんな朝が好きだった。
「……おいしくない」
ふと、どこからか声が聞こえた。
消え入りそうな、小さな声。
それは、一緒にご飯を食べていた、りずの声だった。
「こんなご飯ばかりで、ごめんなさいね」
シヅル院長は申し訳なさそうにうなだれる。
それでも、りずはもう一度呟くのだった。
「おいしくない」

ご飯を食べたあと、ぼくはりずに声をかけた。
なぜならりずは、一日中ずっとひとりぼっちでいるからだ。
「りず、一緒に遊ぼう」
だけどりずは、首を横にふる。
いやいやと、何度も。
「遊ぼうよ。つみき遊び、楽しいよ」
「こんど、ね」
ぼくは何度も誘った。
だけどりずはそう言うだけだった。
いや、いや……遊びたくない……幽かだけど、黒い瞳はそう言っていた。
「ミヅキ君、いつもりずを誘ってくれてありがとう」
そんな様子を見かねて、シヅル院長が微笑んでくれる。
でもりずと遊べなかったぼくには、悲しい気持ちだけが残っていた。






夜――……。
ぼくはなかなか眠れなかった。
どうしてりずは、遊んでくれないのだろう。
どうしてりずは、喋らないのだろう……。
「ミヅキ君、ちょっと」
まだぼくが起きているのを見て、シヅル院長が声をかけた。
ほかの子はもうみんな寝てしまっているので、小さな声で。
「りずについて、話して起きたいことがあるの」
「……りず?」
「ええ。あの子、目の前で敵に両親を殺されているのよ。それっきり、ああなってしまったの」
「……」
「だから、りずが私たちに心を開いてくれるまで、
やさしく見守ってあげて。分かってると思うけど」
「はい」
「それから……ありがとう。りずと一緒に遊ぼうとしてくれて。
ほら、あの子あんなだから、友達がいなくって……」
「ぼく、りずと一緒に遊びたい」
「お願いするわ」
言って、シヅル院長は優しく微笑むのだった。









――りずと仲良くなりたいと、ぼくは日に日に思うようになっていた。
どうすればりずと仲良くなれるだろう。
もっとたくさん話して、笑って……戦争のことなんか、忘れてしまいたいのに。
そういえば、りずは両親を目の前で亡くしているんだっけ。
ぼくも両親がいないけど、目の前で敵に殺されるなんてこと、なかった。
きっと悲しみの中にもいろんな悲しみがあって、
りずにとってその悲しみは心を閉ざしてしまうほどのものだったのだろう。
「ママ、パパ……」
ぼくはどうすればいいのか分からなかった。
ふと、ぼくは思いついた。
りずが両親に会うことができれば、彼女は心を開くのではないか。
だがそれは馬鹿な考えだ。
りずの両親はもうこの世にいない。
「――……」

















クリスマスの夜。
寝静まったりずの部屋に、ぼくはこっそりと忍び込んだ。
りずはモーフ一枚にくるまって、すぅすぅと寝息を立てている。
「まま……」
その寝言を聞いたとき、ぼくは何ともいえない悲しい気持ちになった。
夢の中でさえ、ママを求めている。
ママとパパが恋しくて、たまらないのだろう。
なんて不憫なのだろう。
「りず、りず」
ぼくはそっと呼びかけた。
「パパだよ」
「え……」
りずは、ゆっくりと目を覚まし、部屋を見渡す。
まだ眠そうな目で……。





「パパだよ」




奇跡だと思った。
ぼくはりずのパパになりきって、りずを励ましてあげようと思ったのに、
まさに目の前に、りずのパパがいたのだ。
それはうっすらと、幽かに白く透き通っていて……。
「ぱ……ぱ……?」
「りず」
そして、その横にはりずのママがひっそりと立っていた。
「ま……ま……?」
「すまない、りず。パパたちを許してくれ」
その幻想は、静かに語りだした。
「わたしたちのせいで、あなたが言葉を失ってしまった。
しゃべれなくなってしまった」
「すまない」
深く頭を下げるりずのパパ。
……ぼくはただただ、その光景に見入っていた。
「りず、心を閉ざさないで」
「どうか、しあわせになって」
「パパ……ママ……ッ」
りずは泣いていた。
大粒の涙を、瞳にためて。
「りず、我が愛し子よ……」
「ママ、パパっ……やだぁ……」
消えていく。
ゆっくりと、消えていく。
ああ、やっぱりこれは、幻だったんだ。
クリスマスの日、神様からの贈り物――……。
「ママっ、パパぁっ!!」


「大変! りずがっ、りずがぁっ!!」
孤児院の誰かの声。
慌しい朝。
いやな予感。
ぼくはあわてて声のするほうへと走った。
「りず、りず、しっかりして! りずっ!!」
シヅル院長の悲痛の叫びは、スターダスト孤児院全体に響き渡った。
ぼくはいったい目の前で何が起きているのか分からなかった。
ただ、あったのは苦しそうに喘ぐりずの姿だけ。
「り・・・ず・・・?」
孤児院のみんながりずを囲んでいる。
シヅル院長の必死の看病。
だけど、孤児院に必要な医療や医師がそろっているはずもなく、
もはやシヅル院長やぼくらはただただりずを見守ることしか出来ない状況であった。
「りずっ…」
両親を目の前で敵に殺され、言葉を失ってしまったりず。
だけどどこか寂しそうで悲しそうな瞳をしたりず。
りず、約束したじゃないか。
一緒に遊ぼう――……って。
「りず、りず!」
シヅル院長の声が、だんだん遠のいていく。
ぼくは思った。
きっと、クリスマスの日に、りずのパパとママが迎えに来てくれたのだろうと。
最後の最後に、りずは両親に会えたのだろうと。
「りず……よかったね」
ぼくはそっと、それだけ静かに呟くのだった。

To be continue...